ごあいさつ

私は、1975年八代市議会議員に初当選以来、市議2期、県議4期、市長1期、通算30年近く地方政治の活動を経験させていただきました。
その間、私は、「市民第一主義」市民が主役のまちづくりに努めてまいりました。
いま、日本の政治は、官僚と政治家、企業の癒着による、自らの権益を守り国民の民意をまったく無視して政治が行われています。
 特に、2001年からの小泉構造改革の「規制緩和」「自由化」市場万能主義・競争社会によって、「強いものがますます強くなり」「弱いものがますます弱くなる」格差社会が生まれました。
働く労働者は、パートやアルバイト・派遣労働者の非正規労働者が1700万人にも達し、雇用不安と低賃金に苦しんでいます。
 しかも、社会保障費の削減や年金・医療の改悪で、妊婦や子ども、障害者、高齢者等すべての国民の生活が犠牲にされています。
 特に、現在の景気停滞と金融危機は、貿易中心の外需経済で、日本の経済を支えてきた中小企業や農林水産業(第一次産業)を切り捨て、雇用と地域経済を犠牲にしてきたからであります。
 しかも、地域の生活者を一番支えなければならない地方自治体が、三位一体の改革で、税源移譲や地方交付税が削減され、財政の危機に陥っています。
 この、社会不安と経済危機は、大企業や金持ちだけを優遇し国民生活を犠牲にする、官僚と政治家・企業の癒着した利権政治が続いているからであります。
 もう、痛みと負担は、限界です。
 官僚と政治家・企業の癒着した利権政治に終止符を打ち、政権交代を実現し、国民本位の「いのちとくらしを大切にする政治」に転換しましょう。
 私は、30年間に渡り、地方自治に携わった経験を生かし、地域の声、民意を国政に反映し政治の転換を図り、地方の活性化に努めます。
プロフィール
現住所
熊本県八代市上野町1983(こうずけまちと読みます)
生年月日
1943年(昭和18年)6月22日
出身
1943年(昭和18年)戦時中、疎開先の小川町で生まれる。
生後6ヶ月余で父は徴兵で戦地へ。昭和20年4月にフィリピンの前線で父は35歳で戦死。
母は戦後、子ども5人と祖父をかかえ寮母や行商、和裁など働きながら子ども達を育てる。
略歴
 小川町立河江小、同益南中を卒業後、家計を助けるために九州電力に入社し、昼間働きながら県立八代東高校定時制を卒業。「母の苦労を見て育ちましたので、働く人達が安心して暮らせること、二度と戦争をしてはならないという思いで労働運動も経験しました。」
 31歳の時、働く仲間に支えられ八代市議会議員に当選(2期)、39歳の時、熊本県議会議員に当選(4期)、59歳の時、八代市長に当選(1期)し、地方政治家として31年の経験を持つ。「母は”感謝と奉仕の心を忘れてはいけない”と常々言ってましたので、政治家になってもその教えを守り続けています。そして活動の基本に”市民の皆さんと共に考え、市民の皆さんと共に活動する””市民が主役の政治”をめざしてきました」と語る。
趣味
 趣味は釣りや読書、スポーツは小学校から野球一筋。「キャッチャーでしたので攻守全体を見ることができ、社会人になってから役にたちましたね。」
 健康法は朝夕のストレッチ体操、晩酌は控え目。性格は物事に集中して取り組むこと。人の話を十分聴くこと。
政治信条
 「社会的に弱い立場にある方が安心して暮らせる社会、明日を担う子供たちに戦争のない平和な社会を引き継ぐことです。」

衆議院議員 中島たかとしの応援サイトです。